『みぞれ』

2010年6月5日
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『みぞれ』
みぞれ (角川文庫 し 29-6)作者: 重松 清出版社/メーカー: 角川グループパブリッシング発売日: 2008/07/25メディア: 文庫内容紹介思春期の悩みを抱える十代。社会に出てはじめての挫折を味わう二十代。仕事や家族の悩みも複雑になってくる三十代。そして、生きる苦みを味わう四十代――。人生折々の機微を描いた短編小説集。 ここ1年ほどの間に発表された重松短編集―『ブルーベリー』にしても『気をつけ、礼』にしても、ちょっと粗製乱造なんじゃないかと思うところがあった。いかに重松作品が泣かせるとは言われていても僕が泣いた作品というのはあまりないが、『ブルーベリー』や『気をつけ、礼』で泣く読者がいるとはちょっと思えなかったというのが正直なところだ。短編集で意外と佳作だと思ったのは『青い鳥』である。

重松作品で文庫化されているものは大抵その前に単行本として発刊されており、それが「2匹目のドジョウ」として文庫化されているのである。ところが、本日紹介する文庫本は、過去に単行本として発刊されておらず、収録された短編が過去に発表された雑誌も「サンデー毎日」「小説現代」「別冊文藝春秋」「野生時代」とバラエティに富んでいる。発表時期も、一番古い「正義感モバイル」で1999年11月、最も新しい「砲丸ママ」で2007年1月と幅がある。収録されている短編は10編、うち6編は「サンデー毎日」で2000年1月から12月までに掲載された。1つ気付いたことがある。重松作品には不妊治療の甲斐なく子作りを諦めた40代前後の夫婦が主人公となる話があまり多くない。それが、この短編集にはそれを扱った作品が2編収録されている(「石の女」「ひとしずく」)。

10編も短編が収録されていて主人公が高校生という作品(「拝啓ノストラダムス様」「へなちょこ立志伝」)から、20代から30代で社会や家庭での実績作りでもがく主人公を描く作品(「正義感モバイル」「望郷波止場」「砲丸ママ」「電光セッカチ」)、会社でリストラ対象となったり学校教育の場で思い通りにいかずに第2の人生を歩み始めた主人公を描く作品(「メグちゃん危機一髪」「遅霜おりた朝」)、40代半ばにさしかかり年老いた親や兄弟家族との関わり方に難しさを感じ始めた主人公を描く作品(「ひとしずく」「みぞれ」)までの幅がある。

しかも、主人公に世代の異なる大人や子供を絡ませるのが重松作品の大きな傾向ともいえる。例えば、「へなちょこ立志伝」では高校生の主人公にリストラ退社を強いられたホームレスを絡めている。「正義感モバイル」も「望郷波止場」も、下積み生活の今を必死で生きる若者達に昔一世を風靡したアイドルや演歌歌手を上手く絡ませている。「遅霜おりた朝」では、教員を辞めてタクシー運転手になった主人公に中学生を、「みぞれ」では逆に主人公に70代後半を田舎で迎える老父母を絡めている。重松作品ではよく見られるパターンで、そうした中から主人公は新たな学びや悟りを見出していく。

そしてチョイ幸せなエンディングというのも重松作品の王道パターンである。考えてみれば、人生とはそういうものである。うまくいかないことはいくらでもあるが、かといってとてもうまくいってハッピーエンドということもほとんどない。うまくいっていない主人公がちょっとだけ今より幸せな気持ちになれる終わり方というのが多い。本作品もそうした短編が満載だ。

最近の重松清入門編としては意外とそのエッセンスがうまく凝縮されている短編集ではないかと思う。収録作品全てについて共感する必要はないかもしれないが、心に残る作品に必ず出会うことができるだろう。因みに、僕のお薦めの作品は「みぞれ」と「砲丸ママ」である。「電光セッカチ」と「ひとしずく」は、ちょっと平衡を破壊する登場人物の言動が見苦しくて引いてしまった。

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